大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)7054号 判決

〔主文〕被告人を懲役七月に処する。

〔理由〕(罪となるべき事実)

被告人は

第一 昭和三七年四月一〇日普通第一種免許を取得し、反覆継続して自動車を運転している者であるが、昭和四六年九月一四日午前零時一八分ころ、普通乗用自動車(車長4.235メートル、車幅1.595メートル、車高1.405メートル、右ハンドル)を運転し、東京都足立区千住三丁目八〇番地先の交通整理の行なわれていない交差点(アスファルト舗装)を、北千住駅前方面から旧日光街道方面に向かい左折進行するにあたり、同交差点はいずれも歩車道の区別のない幅員5.4メートルと4.65メートルの道路の交わるT字路交差点で付近には人家が密集していて左方道路の見とおしも困難であつたから(電柱に照明灯が点在するがうす暗い場所であつた)、除行し進路の安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、約三〇キロメートル毎時の速度で左折進行した過失により、左折後自車を道路右側端付近に進出させ、おりから対向して歩行中の内海義郎(当時二八年)に自車を衝突転倒させ、よつて、同人に加療約三八日間を要した(うち入院加療二三日間、実通院日数四日)ほかなお治療まで約二六日間を要する見込の下顎骨骨折、頭部挫傷、顔面挫傷、右肩大腿部打撲、歯折の傷害(顔面に小さな瘢痕を残す)を負わせ

第二 前記日時・場所において、前記のごとく交通事故を起こしたのに直ちに運転を停止して被害者の救護等法律の定める必要な措置を講じないで現場から立去つた

ものである。

(証拠の標目)<略>

(判示第二の事実についての弁護人の無罪の主張に対する補足説明)

なお、弁護人は、判示第二の事実につき、被告人は酔払いが車を足蹴したという認識を有していたのみであり、被告人車両の交通により被害者に対し傷害を負わせたとの認識はなかつたのであるから無罪であると主張するが、前記証拠によりゆうに判示第二の事実を認定することができるが、以下心証形成につき補足的に説明する。

被告人は、司法警察員に対する供述調書で、「左折しつつある時約一五メートル右前方に通行人が三、四名いたが、別に気にかけないで約一三メートル進行して右前部フエンダーあたりに『ボーン』という音を聞いた。」と述べ、検察官に対する供述調書で、「深夜で人通りがないところだつたため油断して、時速約三〇キロメートル位で突込むように左折したために、車が右にふくらんでしまい、右側に建物があつて、危いので急ブレーキで押えたが、その瞬間前方道路の右側寄りに三人位の人達が立話でもしている様子を見かけた。その人達の左側は十分に余裕があると見えたので踏んだ急ブレーキを一旦ゆるめて、逆に加速してその人達の左側方二〇センチ位のところを通つたが、その時はねたのではないかと思う。左方角の家のために十分に左折してからでないと左の方はよく見えないし、速度を出し気味に左打して行き右にふくらみすぎてその方に気をとられたせいか、急ブレーキを踏んだころはじめて三人連れの人達を見たわけで、その時の車と三人達れの人達との距離は七、八メートル位に接近していた。司法警察員に対する供述調書中左折しつつある時約一五メートル右前方に通行人を認めたと供述した部分は誤りである。」との趣旨の供述をしている。

藤田俊一、波田野弘の検察官に対する各供述調書によれば、「旧日光街道方向より本件T字路交差点に向つて、藤田俊一が道路左端寄りを、その右側を被害者内海義郎が、藤田の後部に波田部弘が歩行していた。T字路の北千住駅の方から自動車の前照灯が光つたと思つたら大きく左折してくる前照灯が私共の正面に向つて速い速度で進んできて、あつと思う間に被害者に衝突した。」というのである。

ところで、実況見分調書によれば本件現場には被告人車両の右車輪のスリップ痕と推定される、わん曲した3.80メートルのスリップ痕が路面にのこされており、同スリップ痕は左折した道路の右側端よりつき始め約1.10メートル、つき終り約0.9メートルの間隔があること、右スリップ痕のつき始めから推定衝突地点まで約一一メートル、同つき終りから推定衝突地点まで約七メートルの間隔である。しかして、右スリップ痕のつき始めとつき終りを延長すると衝突地点付近では右側端より約0.5ないし0.6メートル位のものであり、被告人車が右のスリップ痕をつけつつ走行していた当時はその走行方向、前記の被害者らの歩行状況よりして、被告人車の正面右寄りに被害者らを認め得る状況にあつたといえる。また本件現場付近は電柱に照明灯が点在するがうす暗い場所であつたというのであり、被告人車両の前照灯もかなり左折し切つてはじめて被害者らを照射することになる状況である。そうして急制動措置をとつて停車した場合のスリップ痕の長さは乾装アスファルトコンクリート摩擦係数0.7とすると時速三〇キロメートル時で約4.97メートル時速二〇キロメートル時で約2.21メートルであり()本件において前記被告人の供述調書によれば、被告人車は右側建物との衝突の危険回避のため急制動措置をとつて減速したが、右の危険回避ができたので停車するまでに至らず、ブレーキから足を離したというのであるから、左折時の時速は約三〇キロメートルと推認される。ところで、時速三〇キロメートル時の秒速換算は8.33メートル、同二〇キロメートル時は5.55メートルである。そうするとT字路交差点蔵元支店角から本件衝突現場まで約一三メートル程度であるから、被告人が時速三〇キロメートル位で左折し始め、急制動措置をとつて減速し、さらに加速して進行した一連の状況を考慮に入れて考えると、その間僅か二秒ないし三秒位の出来事であり、急制動して被害者らを認めてから衝突するまでの間隔は更に短く一秒半ないし二秒位のものということになる。

被告人は、三人連れの歩行者らの左側を通過した際「ボーン」という音を聞いたが、この付近で以前酔払いから車体を足蹴りされたことがあるので、この時も酔払いが蹴飛したくらいに考えたと弁解しているのであるが、駐停車中の車に対してとか、低速で走行してくる車に対し、ある程度車の走行方向、速度等を知り得る程度の余裕があり、自己の身体は安全圏に置きつつその走行車体に対し足蹴りするということはあり得ようが、本件のように見とおしの困難なT字型交差点から車が曲つてきてすぐに歩行者らの直近を通過するような状況下で自動車の車体を足蹴りする者があり、またそうされたと感じたというのはきわめて不自然であり、前記認定の諸状況を総合すると、正常人なら何人でもそのような状況下では直感的に本件の「ボーン」という衝撃音は右歩行者との衝突音であると考えるであろうし、少くとも、あるいは歩行者に自車を衝突させたのではないかとの疑念を持つと考えられる。そして、自動車を歩行者等の人体等に衝突させ、あるいは接触させた場合には死傷の結果を伴うことが一般であるから、以上の諸事実を総合すると被告人は自車を歩行者である被害者に衝突させ何らかの傷害を負わせたことを認識していたか少なくとも未必的にこれを認識していたものと認められる。

(法令の適用)<略> (朝岡智幸)

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